Thursday, June 30, 2016

パット・サミット


パット・サミットは、何年か、アルツハイマーを煩い、こないだ、6月28日(64才)で天国に召されました。パットは、テネシーの大学の女性のバスケットボールで監督で、1,098勝を達成しました。オリンピックでも、金をとりました。米女子バスケの名指導者、パット・サミットさん死去 - スポーツ : 日刊スポーツ

パットは、選手にとても愛されていました。また、日本では知られていない事は、彼女は、熱心なクリスチャンでした。パットからは、このような引用がありました。「全てのものは、神から来る賜物である、と私は、知っている。」娘さんは、こう言っていました。「64年間の間、私の母は、先ず、救い主イエス・キリストとの力強い関係の中で人生を建て上げました。更に、彼女は、家族への愛と選手への愛、また懸命に努力して働くことヘの愛と言う基礎の上に立て上げました。これらは『あなたは、人生の中で人を大事にして勝つのだ』という哲学を反映していました。」

「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を(十字架に)遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。」聖書・1ヨハネ4:10−11

Wednesday, June 22, 2016


最近ジャン兄が父を尋ねました。(妹の近くのミシガンの老人ホーム)

母は、すでに天国にいます。母は、教会の奉仕をしながら、多く長野県のPTAなどで講演しました。

でも、父は、今年90才です。彼は、50年近く松本平でキリストとその十字架を伝えて来ました。驚く事は、長く有明高原寮(少年院)で聖書を伝えた父は、陛下さんから勲章を頂きました。

父の一番好きな聖句は、多分ヨハネ3:16です。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

Wednesday, June 15, 2016

極めて独創的な設計


「物理の(法則)は、。。。極めて独創的な設計(design、仕組み)の産物であるようです。。。宇宙には、目的がなければ成らないのです。」ポール・デイビズ、イギリスの宇宙物理学者(Astrophysicist)
"The laws [of physics] ... seem to be the product of exceedingly ingenious design... The universe must have a purpose".
「私にとって全ての浦に何かが起こっている、という強い証拠があります。。。宇宙を作る為に、誰かが自然の数(numbers)を微調整したようです。。。(宇宙が)設計されている印象は、圧倒的です。
"There is for me powerful evidence that there is something going on behind it all....It seems as though somebody has fine-tuned nature’s numbers to make the Universe....The impression of design is overwhelming".
「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。」詩篇19:1

宇宙がデザインされたと思う他の科学者の引用:Quotes from Scientists Regarding Design of the Universe


本:Amazon.co.jp: ポール・デイヴィス


Wednesday, June 8, 2016

ステップフォード・ゴッド


アメリカの"The Stepford Wives"(ステップフォード・ワイフという映画があります。ただロボットのように動くように、夫が妻にプログラムされたチップを入れるそうです。美しくて、素直な妻です。自分の好きなように動き話すようにするのです。困ったことを言わないのです。

ある男性は、喜ぶ可能性があるでしょう。でも、そのロボットの妻は、自由意志で、夫を心から愛し、大切に出来るでしょうか?"Yes man"という人がいます。が、本当に"Yes woman”を願っているのでしょうか?

でも、私たちは"The Stepford God"(ステップフォード・ゴッド)を祭っているのではないでしょうか?私たちも、神様を都合良いような神様にしたいのです。何も指摘しない、何も要求してこない神が欲しいのです。あるクリスチャンも、聖書の都合良いところだけを選びたいのです。

しかし、存在する神様とその言葉の素晴らしいところは、信頼出来るところは、私たちに、都合悪いこと、私たちの罪のことも、痛いですが、言って下さる事です。神様は、造り主で、神様が私たちにあわせるのではなく、私たちが神様にあわせるのです。「あわせること」が聖書で言う「悔い改め」(ギリシャ語でメタナオ)です。聖書によって、考えを変える事です。

あなたは、本当に" The Stepford God"のような神を願っているのでしょうか?

「神はモーセに仰せられた。『わたしは、『わたしはある』という者である。』また仰せられた。『あなたはイスラエル人にこう告げなければならない。「わたしはあるという方が、私をあなたがたのところに遣わされた」と。』聖書・出エジプト記 3:14 


Thursday, June 2, 2016

「ルポタージュ」


ある人は、こう言うでしょう。「聖書には、色んな良い事が書いてある。でも、歴史的に信頼出来ないものもあるでしょう。あるものは、良いが、他は良くない。文字通り信じる必要はないでしょう。聖書は、全て信頼出来て、権威あると主張しちゃ変ですよ。」

これに対して色々言えますが、一つに絞ります。特に聖書の歴史性について考えましょう。

聖書は、けして神話、伝説、迷信とは言えないのです。神が私たちに人間を通して与えたまぎれもない歴史、真実、史実なのです。

例えば、ある人は、聖書は、現代の小説と似ていると言います。小説は、現在に多く読まれている現実と似たフィクシオンです。でも、小説は、18世紀頃から、初めて書かれたのです。聖書の時代になかったのです。

古代の聖書の頃にあった伝説は、次ように絶対書かなかったのです。医者ルカは、こう書きました。聖書・ルカ1:1−3「私たちの間ですでに確信されている出来事については、初めからの目撃者で、みことばに仕える者となった人々が、私たちに伝えたそのとおりを、多くの人が記事にまとめて書き上げようと、すでに試みておりますので、私も、すべてのことを初めから綿密に調べておりますから、あなたのために、順序を立てて書いて差し上げるのがよいと思います。尊敬するテオピロ殿。」

ケンブリッジ大学の文学博士C・S・ルイスは、聖書の福音書について、こう書きました。「私は、。。。一生涯、伝説、神話(など)読んできました。その特徴を(よく)知っています。(伝説、神話など)は、(福音書)とは全く違います。」

ルイス博士は、福音書を「ルポタージュ」記事、実録、記録と断言しています。聖書とその歴史性は、真実、史実で、信頼出来ます。生ける神の言葉です。