ブレーズ・パスカルが書いた本「パンセ」は『考えごと』という意味で、その内容は、キリスト教の真実さを証明するものでした。私は、皆さんに、神、聖書、イエス・キリストや人生について共に考えてほしいです。"都合悪い"ことも考えたいです。
Tuesday, February 27, 2018
グラハム師が天に召された
私がとても尊敬している伝道師ビリー・グラハム師が天に召されました。「AP通信によると、ビリー・グラハムさん(米キリスト教福音派の指導的牧師・伝道師)が21日、米ノースカロライナ州の自宅で死去、99歳。がんや肺炎を患っていた。」伝道師のビリー・グラハム氏死去 歴代米大統領と親交:朝日新聞デジタル
彼からのメッセージを聞いて欲しいです。The Cross by ビリー・グラハム My Hope for America - YouTube(注意:画質は、あまり良くない。)
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」聖書・ヨハネ3:16
参考:米伝道師ビリー・グラハム氏が死去、歴代大統領にも助言 | ロイター、CNN.co.jp : キリスト教伝道師ビリー・グラハム師死去、歴代大統領と親交
Sunday, February 18, 2018
「勝利者」
「誰も知らない泣ける歌」と言う番組で、勝利を違った角度から見て、聞いて欲しいです。小坂 忠「勝利者」誰も知らない泣ける歌 - YouTube
これが歌詞です。(勝利者 歌詞 小坂忠、歌詞)
何が苦しめるのか
何が喜びを 奪い去るのか
心の中にはいつでも
嵐のような戦いがある
勝利者はいつでも
苦しみ悩みながら
それでも前に向かう
君がつまずいた時
失望の波に 揉まれていた時
君は一人でいたんじゃない
君を支えていた 誰かがいた
勝利者はいつでも
傷つき悩みながら
それでも前に向かう
どんな力も 神の愛から
君を離すことなどできない
勝利者はいつでも
苦しみ悩みながら
それでも前に向かう
勝利者はいつでも
傷つき悩みながら
それでも前に向かう.
「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」聖書・ローマ 8:37
これも: 勝利と成功の違い
Monday, February 12, 2018
Monday, February 5, 2018
「天を相手にせよ。」
2018年の大河ドラマは、西郷隆盛についての話しで、「西郷(せご)どん」と言うシリーズだそうです。
西郷は、漢訳の聖書を読んでいたそうです。彼はこう語りました。「人を相手にせず、天(創造主)を相手にせよ。天を相手にして己を尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。」「天に任せよ」は、西郷さんにとってこう言う意味でした。「私たち人間を愛し導いて下さる神に人生を任せなさい。」
またこう言いました。「天(造り主)は人も我も同一愛したもうゆえ、我を愛する心をもって人を愛するなり。」次ので出来事がありました。「薩摩藩と戦って敗れた庄内藩のサムライは、裁きの場で死を覚悟していましたが、西郷さんが下した判決は、全員の命を助け、藩主だけが禁固二年という温情あふれるものでした。。。西郷さんに赦されたサムライは庄内藩だけではなく大勢いました。」
イエス・キリストの言葉「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」聖書・マタイ5:43−44
クリスチャン新聞より
Sunday, January 28, 2018
「小羊なる主の招きに応えて」
ある小さなボーヤは、彼の妹のために献血したら、彼女の命は救われる、と言われました。その6才の女の子は、死ぬ寸前でした。男の子は、2年前、同じ病気で奇跡的に回復したのです。彼女の回復は、彼の特殊な血液タイプにかかっていました。彼は、理想的なドナーでした。医者はこう聞きました。「ジョニー、マアリーのために血を上げたいか?」ボーヤは、戸惑いをみせて、下唇が震えました。でも、すぐに、にこっと笑って、言いました。「良いよ、先生。妹のために血を上げるよ。」2人の子供が手術室に運び込まれました。メアリーは、細くて、ジョニーは、たくましかったのです。無言でしたが、目を合わせたら、ジャニーは、笑顔でした。献血していた時、彼女の疲れた体に命が流れ込むようでした。終わったら、ジョ二—は、勇気を持って「あの、先生、私は、いつ死ぬの?」と小さの声で言いました。医者がその時はじめて分かったのです。ジョニーの戸惑は、ジョニーの死ぬ覚悟でした。献血したら実際に命を捧げるつもりでした。彼は、その瞬間、すごい決断をしていたのです。
「この方(主イエス・キリスト)にあって私たちは、その血による贖い、罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです。」聖書・エペソ 1:7
先ず、イエス様は、私たちのために十字架に向かって行く時、ものすごい決断をしたことを知る必要があるのです。「私の死によって、彼らを救う。」その結果、主の命によって、私たちに命が与えられるのです。でも、私たちも、イエス・キリストを受け入れる時、「死ぬときまで、私は、主よ、コミットし、お委ねします」と決断するのです。キリストの犠牲への真実な応答です。
福音讃美歌299「小羊なる主の招きに応えて」賛美歌299を聞く
1、小羊なる主の招きに応えて、少しも飾らず、御許(みもと)に行きます。2、心の汚れを除いてくださる、血潮を見上げて、御許に行きます。3、疑い恐れに心が揺れても、そのまま委ねて、御許に行きます。4、すべての傷跡癒してくださる、御霊を求めて、御許に行きます。5、この身を受けとめ清めてくださる、約束信じて、御許に行きます。6、限りない愛に、妨げ除かれ すべてを捧げて 御許に行きます。7、注がれた愛の深さを訪ねて、小羊なる主の、御許に行きます。
Wednesday, January 24, 2018
『人に従うより、神に従うべきです。』
第二次世界大戦、ナチスに抵抗する事は、大変な事でした。特に、小さなデンマークの国は、そうでした。国境がドイツに面しているデンマークは、一日で圧倒されました。国は、降参しました。しかし、少しづつ地下で反抗する個人や組織が動きました。でも、ナチスが「ユダヤ人を処分する」と決めた時、デンマークの国中が立ち上がりました。
ある牧師は、こう言いました。「クリスチャンは、アンチユダヤ人的なひねくれた考えに立ち向かって、先頭に立って、戦います。」他の牧師は、こう言いました。「ナチと共に生きるよりも、ユダヤ人と共に死んだほうがましだ。」また、他の牧師は、アンチユダヤ人的な考えに反対して「教会は、根気強く」働かなければならない、と言いました。デンマークの国王クリスチャン10世は「自分の国では、ユダヤ人に対して差別ない、ユダヤ人の印である『ダビデの星』を自分も付けても良い」と言いました。(この印をナチスによって付けられて、ヨーロッパで、6,000,000人以上のユダヤ人が収容所に送られ、殺されます。)
デンマークの司祭は、1943年10月3日、このような事を教会で読みました。(省略)私たちの国では、信教の自由がある。私たちは、ユダヤ人である兄弟姉妹のために戦う。権威に対して反対したくはないが、法律により人権のために反対(protest)する。「私たちは、人よりも、神に従う。」ヒットラーにこれを送ったそうです。(省略)主イエス・キリスト、マリヤは、ユダヤ人である。ユダヤ人の迫害は、聖書の「隣人愛」に反している。皆は、神にとって尊い。私たちは、ユダヤ人のために戦う。法律に従いたいですが、正義のために反対(protest)し、『人より、神に従う」。
デンマークのユダヤ人7,000人以上が逃れようとした時、多くのデンマーク人が犠牲を払い、立ち上がりました。その結果、コペンハーゲンとスウェーデンのオーレ海峡を渡って、95%が助かりました。
聖書・使徒5:29「ペテロをはじめ使徒たちは答えて言った。『人に従うより、神に従うべきです。』」日本でも、権威によって、誰かの迫害が起きたら、クリスチャンは、先ず、祈りべきです。出来るだけ権威に従いたいですが、でも反対する時が来る可能性があります。無関心は、極めて危ないです。「我々の人類に対する最大の罪は、… 無関心であること。それは非人間性の精髄である。」デンマークの方や、杉原千畝 のように人々を助けるのです。
Monday, January 15, 2018
「キリストの愛を知る」
正直であれば、私たちは、皆、愛に飢えています。子供は、どんなに愛されていても、もっと愛が欲しいのです。でも、子供だけではなく、大人は(隠すのは、上手ですが)同じように愛に飢えているのです。
17節後半、私たちは、すでにキリストの「愛に根ざし、愛に基礎を置いてい」ます。愛を知っていますが、私たちは、その圧倒的な素晴しさを味わっていないのです。どの位の素晴らしさですか?18節後半「その広さ、長さ、高さ、深さ 。人知をはるかに越え」る愛です。この愛を掴み、捕らえたくはありませんか?
17節後半、私たちは、すでにキリストの「愛に根ざし、愛に基礎を置いてい」ます。愛を知っていますが、私たちは、その圧倒的な素晴しさを味わっていないのです。どの位の素晴らしさですか?18節後半「その広さ、長さ、高さ、深さ 。人知をはるかに越え」る愛です。この愛を掴み、捕らえたくはありませんか?
ニューヨークでDLムーティーは、このような体験をしました。「突然神は、忘れられないようなふうに下って来ました。(神の)愛があまりにも心に注がれて『止(と)めて下さい』と言わなければなりませんでした。」
ジョージ・ウィットフィルドは、夜祈る時、神の愛の注ぎをあまりにも体験し、眠れなかったことで「主よ、止めて下さい。眠れないです」と言わなければなりませんでした。
ロンドンのCHスポルジョンは、神の愛についてこう書いています。「ある時、神の愛をあまりにも強く体験し、耐えられなかったから、その喜びを止めるように、お願いしなければならなかったのです。」
スペインのアビラのテレサは、こう書きました。「私は、彼の愛に当惑し、酔ってしまいました。私の魂は、叫び、戸惑いました。こんな喜びには、耐えられませんでした。」
違う時代、文化、性格、伝統の方々が同じキリストの愛に圧倒され、「止めて下さい」まで言わなければならなかったのです。キリストの愛を体験しましょう。
ローマ5:5、8「この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。。。しかし私たちがまだ罪人(または「敵」、10節)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」
もっと読む「主を体験する」
ジョージ・ウィットフィルドは、夜祈る時、神の愛の注ぎをあまりにも体験し、眠れなかったことで「主よ、止めて下さい。眠れないです」と言わなければなりませんでした。
ロンドンのCHスポルジョンは、神の愛についてこう書いています。「ある時、神の愛をあまりにも強く体験し、耐えられなかったから、その喜びを止めるように、お願いしなければならなかったのです。」
スペインのアビラのテレサは、こう書きました。「私は、彼の愛に当惑し、酔ってしまいました。私の魂は、叫び、戸惑いました。こんな喜びには、耐えられませんでした。」
違う時代、文化、性格、伝統の方々が同じキリストの愛に圧倒され、「止めて下さい」まで言わなければならなかったのです。キリストの愛を体験しましょう。
ローマ5:5、8「この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。。。しかし私たちがまだ罪人(または「敵」、10節)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」
もっと読む「主を体験する」
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