Saturday, October 13, 2012

アンパンマン



アンパンマンの作者、柳瀬嵩(やなせ・たかし)、はクリスチャンであることを知っていますか?アンパンマンは、弱っている「人」に顔の一部を取って、食べさせると、その「人」は元気になるのです。犠牲を払っても、力が減っても、助けるのです。聖書・イザヤ53:5後半にこう書いたあります。 「彼(イエス・キリスト)の打ち傷によって、私たちはいやされた。」

ある方はこう書いています。「アンパンマンは、イエス・キリストで、人々を救う救世主として自分を犠牲にしてまで人に尽くすという点で同じである。アンパンマンの性格は誰にでもお人好しで、アンパンマンワールドに住んでいる人みんなが好きである。皆を守るためにピンチになっても戦う根性がある。同じくイエスも神の子である救世主として。。。信仰の対象となっており、世の人の身代わりのため自ら十字架に架かった。」

続けてキリスト教の精神こいうかいます。キリスト教で考えられることはイエス・キリストが人々の罪を背負い十字架に架かり死んだことにより、弟子達に新しい秩序を与えることになったということだ。イエスが罪を背負ったことで人々は改めて自分の行いを恥じ、改めなおそうとする。自身を改めなおしたことでイエスの思いを繋げてきたことが、今日のキリスト教の成果であり、キリスト教信者たちが作り上げた世界である。。。アンパンマンキリスト教の精神と同じで、自分の幸せだけではなく隣人、困っている人に手を差し伸べることにより皆が幸せでいられることを第一に考えられ作られたと考えられる。」

柳瀬はこう書いている。「本当の正義というものは、けしてかっこうのいいものではないし、そしてそのためにかならず自分をふかくきずつくものです。」また「自分はまったく傷つかないままで、正義を行うことは非常に難しい。」また「正しいことをする場合、必ず報いられるかというと、そんなことはなくて、逆に傷ついてしまうこともあるんです。」

歌までキリスト教の影響があるそうです。アンパンマンマーチ♪(フルバージョン) - YouTube
作詞 やなせたかし 作曲 三木たかし

・そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも
・何の為に生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ!
今を生きることで 熱いこころ燃える
だから君は行くんだ微笑んで。
・そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも。
・嗚呼アンパンマン優しい君は
行け!皆の夢守る為
・何が君の幸せ 何をして喜ぶ
解らないまま終わる そんなのは嫌だ!
・忘れないで夢を 零さないで涙
だから君は飛ぶんだ何処までも
・そうだ!恐れないでみんなの為に
愛と勇気だけが友達さ
・嗚呼アンパンマン優しい君は
行け!皆の夢守る為
・時は早く過ぎる 光る星は消える
だから君は行くんだ微笑んで
・そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえどんな敵が相手でも
・嗚呼アンパンマン優しい君は
行け!皆の夢守る為

繰り返されているのは次です。「そうだ!嬉しいんだ生きる喜び!」ウェストミンスター小教理問答書にこのような問いかけがあります。「人のおもな目的は、何ですか。」答えは「人のおもな目的は、神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶことです。」柳瀬はマーチについてこう書いています。「なんのために生まれて何をして生きるのかこれはアンパンマンのテーマソングであり、ぼくの人生のテーマソングである。」アンパンマンの歌詞が異様に深い : 僕の足跡

「そこで、彼らが、『主よ、そのパンをいつもわたしたちにください』と言うと、イエスは言われた。『わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。』」聖書・ヨハネ6:34—35

参考:アンパンマンの正体? トマさん祈りの部屋/ウェブリブログ「キリストの復活-いのちのパン-」 - 名古屋岩の上伝道所トピック - アンパンマンを背景から探る 中島由貴


Wednesday, October 10, 2012

友人


今週の週末、香川から友人が私達のアパートに泊まって下さいました。

松本城を見ましたが、「そば祭り」で40分も並びました。

家の近くの山でハイキング。滝のようなものはフランス式階段工です。

Monday, October 8, 2012

「ひとえに神の恵み」



「クリスチャンになったばかりの青年が熱心に路傍でトラクト(聖書の小冊子)を配ることにしました。ところが通行人はクシャクシャに丸めて捨てて行くのです。青年は憤りました。『なんということを。』しかし、やがて三つのことに気づきました。一つは、誰もが皆キリストを信じ頼もうとしていないこと。二つは、自分だって彼らの仲間の一人であってよいはずだということ。三つは、自分が彼らと違ってキリストを信じ頼んでいるのは、ひとえに神の恵みによって選ばれているからだということ。」小畑進(私の友人)

「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。」聖書・エペソ2:8−10

『創世記講録』著・小畑進 外人の私でも読んでいます。今は、705頁。私が喜んで読めれば、あなたも読めます。Please!

Friday, October 5, 2012

松本聖書福音教会


日曜日、私は松本聖書福音教会でキリストの十字架について聖書の1ペテロ1:18−21からメッセージしました。40年以上前に父母がこの教会を開拓しました。思い出が多いです。

『ご承知のように、あなたがたが父祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。』聖書・1ペテロ 1:18−19

Thursday, October 4, 2012

ダガー・ファミリー


昨日、ビートたけしの奇跡体験! アンバリバボーで「ダガーファミリー」(the Dugger family) がまた紹介されました。19人の子どもで、21人家族です。聖書を開いていたある場面を見て、これはクリスチャンファミリーだと分かりました。確かに、彼らのウェブサイト(下)を見たら、一番上に英語で"Children are a blessing from the Lord. Psalm 127"(「子どもたちは主の賜物」聖書・詩篇 127:3)とありました。

また、ウェビサイトを見ていたら手紙がありました。おなかにいた赤ちゃんが天に召されたのです。4月に予定されていたが、19週間目の検査で分かったのです。彼らはこう書きました。「悲しみながらも、神は全てのことを益として下さると約束して下さっています。赤ちゃんとは、この世であえなくても、天国であえることが安すらぎです。。。赤ちゃんが天に召されたことで、私達皆が人生の短さを知り、イエスとの関係が一番大事であることを知ります。神は、私達がどんな試練にあっても、私達を平安の中に導いて下さいます。」

聖書の”ローマ 8:28” がサインの下にありました。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」

Website: Home - The Duggar Family

Wednesday, October 3, 2012

文化祭


先週末、息子ジャシュアの開成中学校で文化祭がありました。上の左側だともいますが、ジャシュアも歌っています。あるクラスは、アカペラで、"Amazing Grace""Joshua Fit the Battle of Jericho"(黒人霊歌)を歌いました。とても上手でした。

アメジンググレーの歌詞
Amazing Grace, how sweet the sound,
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind, but now I see.

不思議なキリストの恵み、いい音だ!
私のような汚れた者を救うとは。
迷っていたが、見つけられた。
盲目だったが、今は、見える。
アメイジング・グレイス物語


『そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。見つけたら、大喜びでその羊をかついで、帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください』と言うでしょう。あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。』聖書・ルカ15:3−7

Tuesday, October 2, 2012

聖書通読166回



青木善司(あおき・ぜんし 1884−1976)長野県中野市壁田出身。日本キリスト教団須坂教会員。1915年(大正4年)31才のとき入信。いらい60年、92才で死去するまでに、聖書通読166回に及んだという。「回数を誇ってはならぬ」と考え、記録の頁を破りすてたこともある。農業に従事し、他人が一服しているあいだも畑のアゼで聖書を読み、同時に新聞も精読して時の動きにも関心をおこたらず、その生き方は深い感化をおよぼした。

『イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことば(聖書)による』と書いてある。」』聖書・マタイ4:4

青木善司: 私の友人で、須坂聖書教会員の青木のぶおの父。