上の前後を読む:マルコ8章
ブレーズ・パスカルが書いた本「パンセ」は『考えごと』という意味で、その内容は、キリスト教の真実さを証明するものでした。私は、皆さんに、神、聖書、イエス・キリストや人生について共に考えてほしいです。"都合悪い"ことも考えたいです。
Tuesday, September 26, 2017
Monday, September 18, 2017
『疲れしわが友、我にきたれ』
行けどゆけども
ただ砂原、
道なきところを
ひとり辿(たど)る。
ささやくごとくに
み声きこゆ、
「疲れしわが友、我にきたれ」
やけたる砂原
いたむ裸足、
乾きのきわみに
絶ゆるいのち、
しずかにやさしき
み声きこゆ、
「いのちの泉に、来たりて飲め」
かえるに家なく
疲れはてて、
望みもなき身は
死をぞねがう。
さやかに力の
み声きこゆ、
「帰れや、父なる、神のもとに。」
聖書・マタイ11:28「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」イエス・キリスト
Wednesday, September 13, 2017
「人がその友のためにいのちを捨てる。。。」
オンラインABCNewsによると、9月9日(土)ワイオミング、ミシガンのお母さん、ケアリー・デクラインは、お腹にいる赤ちゃんを守るために、ガンの治療のケモセラビー(化学治療法)を拒み、天に召されました。Woman who chose baby instead of chemotherapy has died -
ABC News 中絶を拒み、赤ちゃんを生かしたかったのです。深い信念のある勇敢な犠牲です。
ご主人は、こう言いました。「痛いです。が、これは、彼女の願っていたことです。この子を守りたかったのです。私の家内は、何よりも、主(イエス・キリスト)を愛し、彼女の子供達を愛していました。」
Facebookに聖書のヨハン15:13がのっていました。ヨハネ15:13「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」キリストの身代わりの十字架を思い出します。十字架の意味:ヨハネ3:16
マザー・テレサは、妊娠中絶についてこう言いました。「私たちは、殺人、虐殺、戦争、憎しみについて聞く時、驚いては成りません。お母さんが自分の子供を殺せるなら、私たちが互いに殺す意外の道はあるでしょうか?」私たちの間にいる一番弱い者を守らなければ、他はどうなるのですか?このお母さんのように、妊娠中絶をも止めることです。(アメリカだったら、銃規制をすることです。)これは、極端ではなく、基本です。一番優れた社会は、一番弱い者を大切にするのです。いわゆる「胎児」(お腹にいる赤ちゃん)、老人、障害者などを大切にするのです。進化論が教える「弱い者がなくなり、強い者が生き残る」世界観ではなく、「強い人」は「弱い人」を救い守るのです。
天に召された
ケアリーの家族のために祈りましょう。子供を育てるお父さんや、悲しみにある家族のために。
Tuesday, September 5, 2017
Tuesday, August 29, 2017
「世間の目を気にする」
「人を恐れると罠にかかる。しかし、主に信頼する者は守られる*。」聖書・箴言29:25
「世間の目を気にする」と言います。あまりにも、人を恐れて、動いたり、動けなかったりします。この聖書の箇所によると、その人は、罠にかかっているのです。身動き出来なくなり、真実なことや、キリストの愛によって行動できません。ある人は、人を気にして、教会にも行けません。「しかし」は、大事な接続詞です。開放される道があります。「主に信頼する」と「守られる」のです。ですから、人に束縛さらずに、自由に動けます。真実と愛を実践出来るはずです。いや、イエス・キリストの尊い恵と自由を味わうと、出来ます。
*「守られる」は、高い、悪の手の届かない安全なところにある、という意味。
Sunday, August 20, 2017
介護とプロ野球
「介護はプロ野球のようにスポットライトは当たらない。プロ野球など足元にも及ばないほど社会に貢献する仕事です。」元読売巨人*、現在東京基督教大学の教授中澤秀一は、さらにこう言っています。「介護は人間にとっていちばん大切な人と人との深い関わりができる仕事です。」
彼は、1978年、巨人にドラフト外で入団しました。しかし、3年で、夢は、途絶えました。後、介護福祉の世界に入りました。イエス・キリストに対する信仰をこう語っています。「どうせ信じるなら神さまは一つだというキリスト教でもいいか、という軽い気持ちで洗礼を受けてしまったのです。。。そんないいかげんな信仰しか持っていなかった自分を、神さまは正しい方向へ導いてくれた。。。『私を大学の教授にして下さい』と無謀な祈りをした。。。その祈りが現実のものとなっているのを知ったとき、神さまへの畏れを感じた。『こんないい加減な信仰、無謀な祈りにも神さまは応えて下さる。神さまを裏切るようなことはしてはいけないと思うようになりました。』」
「このように労苦して、弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。」使徒パウロ、聖書・使徒の働き20:35
クリスチャン新聞より:元プロ野球選手のオンライン
* 注意:私は、30年以上前からカープファンです。

Sunday, August 13, 2017
『人よ。汝自身を知れ』
「人はみずからの造り主を知るまでは、みずからを知りうるとは、はなはだ疑問なのだ。」チャールズ・スポルジョン
引用の全部「われらの礼拝は知的でなければならない。われわれはその拝するお方が、いかなるお方であるかを知り、また、なにゆえに拝すべきかを知っていなければならない。『人よ。汝(なんじ)自身を知れ』とは賢者の警句であったが、実は、われらの神を知ることこそ、それより真実の知恵なのだ。人はみずからの造り主を知るまでは、みずからを知りうるとは、はなはだ疑問なのだ。」
「知れ。主こそ神。主が、私たちを造られた。」聖書・詩篇100:3
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