Wednesday, March 11, 2015

「おれたちはもっとイエスについて知りたいのだ。」


1733年、3人の宣教師がエスキモーたちの救いを求めてグリンランドにやってきた。彼らは5年がかりで創世記の創造の話を苦労して翻訳しながら教えて来た。が、唯一人、神を理解し救いの必要を認めなかった。

ある朝、ジョン・ベックが悲しい気持ちでイエスの福音の話をエスキモー語に翻訳していると、突然、小屋の戸がけやぶられ、エスキモーの一団が侵入してきた。数週間ほど前から不隠な動きが見えていたのである。

「これは何だ!」

首領格の人相の悪い男が原稿を見て叫んだ。

ジョンはイエスの話がエスキモー語で書かれていることを説明すると、首領格の男は原稿用紙を束ねてジョンの手に握らせ大声で叫んだ。

「この紙に話させろ、話させろ!何というか聞こうではないか」

宣教師は、まず福音書の初めの部分を読み、つづいて十字架の話
の中心部分を読んだ。

エスキモーたちは静まりかえって聞いていた。ジャンは、エスキモーたちの心に、十字架の話の深い深い苦しみを感じさせたことに気がついた。彼らたちは悲しげな顔になり、涙がほほを伝いはじめた。

「おお、もっとその用紙に話させてくれ、続けてくれ。おれたちはもっとイエスについて知りたいのだ。救われたいのだ。」

これにはジョン・ベックのほうがかえって驚いてしまった。が、ジョンは、歓喜の涙を流しながら救いの物語を何回も何回も繰り返して説明した。その間、エスキモーたちが夢中で聞き入っていた。それからエスキモーたちは、その場でキリストを救い主として受け入れたのである。

「神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。」聖書・2コリント5:21

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