Friday, April 26, 2013

「キャッツ」





今年の2013年4月23日、東北地方の仙台市では、3・11の東日本大震災後初となる劇団四季のロングラン公演「キャッツ」が始まりました。出演者は『キャッツは再生と復活の物語。観客の心に明日への希望を灯したい』と願いを語りました。

でも、あまり知られていないことは、このミュージカル「キャッツ」は、T.S. エリオット、の著書「キャッツ・ポサムおじさんの猫とつき合う法」から来たということです。そして、エリオットは、この「キャッツ」を通して神の救いと希望のメッセージ伝えたかったのです。彼は、熱心なイギリス国教会のクリスチャンだったのです。

出てくる猫を見るとその救いのメッセージが分かります。デユトロノミー (Old Dueteronomy)は、聖書のモーセを意味しています。彼は、救世主で、奴隷であったイスラエルを約束の地まで導いたのです。救いは、聖書の主なテーマです。モーセは、後に来る真の救い主キリストをも象徴しているんです。

グリザベラ(Grizabella)は、多分聖書のマグダラのマリアを意味しています。過去の罪と痛みの『思い出』(Memories歌の)があるのです。キリストの癒しと、罪の赦しを求め願っているのです。。。キリストが十字架上で身代わりにとなって裁かれたことによって、その救いと赦しが実現するのです。一方的な神の恵みです。デユトロノミーは、ついにグリザベラの美しさをあらわにしますが、その美しさは「内なるもの」から来るのです。

最後に猫が喜び、手は天に挙げるのです。救いと希望が与えられた者が神を賛美することを意味しています。

エリオットは、こう言いました。「地獄とは何?地獄は自分。地獄はひとりぼっち。他の形はただの投影。逃れるものはない。逃れる所もない。自分は常に孤独。」英文:”What is hell? Hell is oneself. Hell is alone, the other figures in it Merely projections. There is nothing to escape from And nothing to escape to. One is always alone.” エリオットは、こう言っているのです。地獄の一番ひどい点は「地獄は、神と救いがいない所で、自分の罪の延長と拡大の場である」と言っているのです。ですから、聖書にこう書いてあります。「確かに、今は恵みの時、今は救いの日です」2コリント6:2後半。

私は「頑張ろう日本」をよく聞きますが、エリオットは、ただ自分の力によっての「再生と復活」を『キャッツ』に意図したのではないです。「明日への希望」は、人々の救いのために十字架にかかれて、三日後に「復活」した御方主イエス・キリストーにあるのです。この方のみが真の活きる意義を与えるのです。この恵みに、東北のみならず、皆の人生の「再生」の原動力があるのです。

ブロードワイで一番長く演じているミュージカルは「キャッツ」だそうです。そこに希望のメッセージがあるからです。でも、真の希望によって本当に活きるのです。

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